10年後のテクノロジーは予測できるか  ~The end of Hitobashira~

Essay
未来予想図

10年先のテクノロジーを予測する―

毎回、目新しいガジェットやテクノロジーが登場するたび大枚をはたき、人柱になってきた者として非常に興味深いテーマである。
少ない収入の中、娯楽を削り、まさに身を削る思いで投資したガジェットが半年後にはガラクタとなって床に転がっているを見るのは、何とも哀しいことだからだ。

さて、このブログでも何回か取り上げてきた文科省の「科学技術動向」誌。
日本の第一線のエリートリサーチャーが洞察に満ち溢れたレポートを作成し、PDFも無料で公開されていたのだが、残念ながら今月号で14年半の歴史に幕を閉じることとなったようだ。

廃刊にともなって、「せっかくだから10年前の予想と現代でも比べてみるか」とパラパラと見ていたら、驚くほど10年先の予測が的確だったので、この記事でご紹介する次第。

未来予想図

だいたい合ってる・・

さっそく実例を見てみよう。

まずは「デジタルカメラとカメラ付携帯電話の動向(PDF)」というレポートから。2005年7月に公開されたレポートである。
2005年7月当時の最新携帯電話はこんな感じである。

なつかしのパカパカケータイ

なつかしのパカパカケータイよ!

その中から一部を引用しよう。

 

図表6は、デジタルカメラの市場の変容を図式的に表したものである。すなわち、デジタルカメラは撮像素子のピクセル数の増加とともに進展してきたが、今後は少なくとも3つの方向に多様化すると予想される。1つは従来の延長線である。2つは 5M ピクセル以上の撮像素子を搭載した高級一眼レフ式デジタルカメラの方向である。そして、3つ目がカメラ付き携帯である。

図表6

図表6

以上のように、10年前にして、現在に続くデジカメの潮流をおおかた正しく予測している。

また、2005年当時、日本のデジカメ技術は世界に敵なし、イケイケドンドンの時代である。
レポートの筆者も冒頭で、

デジタルカメラは、昨今の日本のデジタル家電景気を支える重要製品の1つである。日本の企業は、1995 年に始まった市場の立上りから急激に国際競争力を発揮して 80%という高い市場シェアを獲得してきた。(中略)携帯電話の 2004 年度までの総生産台数5億台のうち、カメラ付きは 1.8 億台にも達している。カメラ付き携帯電話に搭載されている撮像素子と光学モジュールの 80%は日本製であり、ここでも日本の企業は強い国際競争力を発揮している。

と述べている。

しかし、2015年。
Asciiのこの記事によれば、Flickrの投稿写真から推測したカメラブランド別シェアは、1位キャノン、2位Apple、3位ニコン、4位サムスン、5位ソニーとデジカメを押しのけるように海外スマホ勢が侵食しているのが現状である。

筆者は2005年の時点で多くのシェア独占した日本のデジカメ業界の奢りを危惧したのか、こうも述べていた。

 

その一方で、デジカメの市場が飽和し、カメラ付き携帯電話の市場が新しい潮流となっていることが明らかとなった。これらの技術シーズの潮流と市場ニーズの潮流がぶつかり合う潮目に、大きなビジネスチャンスがある。(中略)一方、政府の機関や研究を管理する大学内の機関は、研究資金の助成や運営にあたり、ハイリスクであってもスケールの大きいイノベーションを狙う研究の保護者として、ある程度の期間長い目で功を焦らず忍耐強く研究者の個性と主体性を十分重んじる経営の仕方が重要であると考える。

 

この2005年に発表されたレポートを官民学は真摯に受け止め、提言に耳を傾けたのだろうか。答えは2015年の我々がよく知っている。

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さて、10年前のテクノロジーの潮流予想の正確さに驚いたところで、次はもっと予測が難しそうな分野、宇宙開発についても見てみよう。
2005年1月「ユビキタス測位における準天頂衛星の有効性(PDF)」というレポートである。

今後の情報社会においては、ウエアラブルコンピュータや IC タグなど、情報の「いつでもどこでも」を実現する道具とともに、自分自身がどこにいるかを高精度で計測できることが当たり前になってくる。(中略)ユビキタス測位では位置情報に関して「北緯何度何分何秒、東経何度何分何秒」などと 0.1 秒単位で表示したり、地理情報システムを参照して住居表示の番地やコンテンツ情報にリンクしたりすることも日常的になる。

繰り返しになるが、10年前の予測レポートである。そしてGoogleMapとスマホがまさに今、我々の手中にある。

また筆者は準天頂衛星の重要さを繰り返し説いていた。

 

ユビキタス測位を実現するには、常に天頂付近から GPS補完を行う準天頂衛星を利用することが必須である。とかく実生活との関連が希薄といわれる我が国の宇宙開発の中で、準天頂衛星は50 年、100 年先までの国の基幹的なインフラの一部となる可能性があり、その実現には各方面から大きな期待が寄せられている。

 

その準天頂衛星は2010年9月11日、鹿児島県 種子島宇宙センターから、「みちびき」初号機が打ち上げに成功している。

準天頂衛星 「みちびき」

準天頂衛星 「みちびき」

50年先、100年先のインフラ整備までを視野にいれた専門家にとって、10年先の予測はそれほど難しいことではないのかもしれない。
(一方、半年先に出るスマホのスペックすら予測できず、地雷機種に手を出す自分・・)

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続いてこのレポートも素晴らしい。
先日の日本の宇宙補給船「こうのとり」によるISS(国際宇宙ステーション)への緊急物資輸送は記憶に新しい。

2005年6月のレポート、「各国の宇宙輸送システム開発動向スペースシャトル退役がもたらす変化(PDF)」である。

 

(ロシアの物資補給船)プログレスは 1978 年の初飛行以来、若干の改良が施されたが、ソユーズ宇宙船と同様に原型と比べて大きな変化はなく、旧ソ連のサリュートやミールなどの宇宙ステーションへも補給を行ってきた。今後、プログレスに匹敵する物資補給船が他の国で開発されて運用に供されたとしても、実績のあるプログレスの役割が終わることは当分ないと思われる。

 

日本の補給機 HTV 2005 年1月 26 日、カナダで開催された宇宙機関長会議において、スペースシャトル退役後の宇宙輸送システムについて話し合いが行われ、JAXA が開発中の宇宙ステーション補給機(HTV)を国際宇宙ステーションへの物資輸送に使用するという形で ISS 計画を支援することが、共同声明に盛り込まれた。これにより、ロシアのプログレス物資補給船や後述の欧州の自動輸送機(ATV)と並んで、我が国の宇宙輸送システムが実力を発揮する舞台が用意されたということができる。(中略)日本は負担すべきISS の運用経費の代替として HTVによる物資補給を行うことになっており、ISS の運用期間にわたって、一定割合の物資補給需要があるものと期待できる。

 

ドンピシャ、的中である。ここまでくると感嘆するしかない。

こうのとりの雄姿。しかし意味深なネーミングである。

こうのとりの雄姿。しかし意味深な名前である。そういえば赤ちゃんを運んでく

さて、続いて自然・防災分野を見てみよう。
2005年3月に発表されたレポート、「消防防災に関する科学技術動向 ~安心・安全を目指す科学技術の特性と方向性の考察~(PDF)」である。

2003 年9月 26 日十勝沖で発生した地震はマグニチュード8を観測する巨大地震であった。この地震により、苫小牧市の石油タンクに火災が発生し、44 時間にわたって炎上した。結果としてこの火事は消火できず、燃え尽きて鎮火した。今回の規模の地震は、再来周期が 100 年から 200 年と予測されていたが、実際は 50 年で起こったことから、再来周期の見直しが検討されている。特に、図表9に示す地震が懸念されている地域に存在する石油タンクなどは、早急に予防対策が必要になる。

図表9

図表9

社会インフラの老朽化に備えた検査技術・保守維持技術の革新

 錆びや金属疲労、亀裂など、石油タンクも年月の経過に伴い劣化する。さらに設置場所が海に近く、内容物の出し入れにより繰り返し荷重を受けるなど、過酷な環境にさらされている石油タンクの損傷は、危険物の漏洩、火災や環境汚染という大惨事につながりかねない。損傷のほとんどは経年劣化と地震動に起因しており、その腐食環境は複雑で、地震被害も地震動の強さ、地震波形や基礎・地盤、タンク構造や内容物の量などに影響を受ける。したがって安全性評価はタンクの状況に応じて行い、経年劣化および耐震性の評価を同時に考慮することが重要である。AE(アコースティック・エミッション)法により石油タンク底部の健全性を評価するとともに、地震動を予測しコンピュータシミュレーションによって石油タンクの状況を分析するなど、安全性評価手法の確立が必要となる。

現状分析、問題提起、解決策の提示まで完璧である。

そして2011年3月11日、千葉。
石油タンクは爆発・炎上し、10日間燃え続けた。

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炎上するコスモ石油のタンク

炎上するコスモ石油のタンク

過去の教訓を次の災害に活かすための提言は、黙殺されてしまったようだ。

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このレポートを読めば読むほど忸怩たる思いがこみ上げる。

 そのほかに、例えば、原子炉災害では一度発生したら拡大防止が困難である。スマトラ沖地震大津波では初期に大きな被害が発生し、22 万人もの命が失われた。建物火災でも消防が駆けつけるのは5分程度後であることから、爆発事故などの一次被害は軽減できない。巨大災害ほど事後対応ではなく予防的対応が有効で重要である。即ち、安心・安全な生活を国民に保証するためには、発災後対応だけではなく事前予防が不可欠であり、真の緊急事態に対しては「予防」と「事後対応」の両輪で対応すべきである。

福島第一原子力発電所で原子炉が3基吹き飛ぶ、6年も前の提言である。

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このブログで以前1年ほど前に書いた記事、「ハイテク技術で命を救え!サーチ・アンド・レスキュー最前線」で僕は消防や自衛隊など人命救助の最前線でたたかう人に最新設備が適切に配備されていないのではないか、という内容を書いたのだが、僕が書くまでもなく、10年前にすでにレポート内で深く問題提起されていた。

消防活動の現場で求められる耐環境・性能要件は、軍事技術に比較しても、同等あるいはより過酷なもので、解決すべき科学技術的課題は高度である一方で、費用・効果比はより民生に近い水準が求められる。 消防防災の科学技術の成果の公開は容易である。米国が世界の警察として、軍事技術により科学技術を先導することに対比させるならば、日本は、世界の消防として「防災・減災」科学技術のブレークスルーを先導し、国際社会に貢献することも可能なのではないだろうか。 消防防災の科学技術が効果的に遂行され、成果を社会に還元するためには、こうしたビジョンの作成と体制の構築が不可欠である。

消防の科学技術を遂行し成果が社会に還元される為に課題が無いわけではない。市場規模が小さいが故に、消防等現場からのニーズに沿った機器の開発へのモティベーションが高まらず、災害と闘う為の科学技術に最先端の研究成果が導入されづらいことである。この市場規模が小さいという課題を解決する鍵も、消防防災科学技術の公開性の活用にある。 すなわち、消防防災の科学技術は、予防・対策のいずれについても研究成果の公開が原則であり、産学官連携及び府省連携といった効率的・効果的な研究推進体制に、本質的に馴染むからである。府省連携等の体制で、消防防災の科学技術の成果を汎用市場で活用可能なものとすることで、研究開発のターゲット市場を拡大することが出来る。

さて、以上いくつかのレポートを紹介してきた。
正確なデータに基づき、訓練を積んだ専門家が予測した場合、10年後のテクノロジー動向は予測できる、というのが僕の達した結論だ。そして同時に、正しい予測がされても、その予測を活用しないことには何一つ役に立たず、時に埋もれてしまうという虚しさも実感した。

おそらくこの「科学技術動向」は日本でトップクラスの精度を誇る未来予測リサーチだ。
そして、14年に渡り無料で公開されてきた。
この素晴らしいレポートの数々を、国や企業は活かしてこれたのだろうか。

僕は今までも何人もの知人・友人に「科学技術動向ってレポート知っている?」と聞いてきた。
知っていると答えた人は、皆無である。

科学技術動向バックナンバー
http://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-foresight-and-science-and-technology-trends/sttbacknumbers






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