最近、ラジオの復権が目覚ましいと感じる。
「radiko」や「らじるらじる」など、ラジオがなくてもインターネット経由でラジオが聞けるサービスが始まり、民放、NHK共にノイズなしのラジオ放送を高音質で聞ける時代がやってきた。
(昔、ラジオで曲をカセットテープに録音している時に入るノイズほど悲しいものは無かった・・)
特に、ネットサーフィン(死語?)と画面を見る必要の無いラジオの親和性は素晴らしいものがある。
ラジオのパーソナリティは映像を使えないという特性上、おしなべて面白いトークをする人が多い。
日曜日午前9時、出かける前のちょっとした時間に、軽妙な語り口のFM番組を聞きながら、ネットを見る気持よく晴れた朝。
なんだか素敵な休日になりそうな予感がする。
これがテレビだったら喧騒と下品な笑いと共に、垂れ流す字幕が無遠慮に五感に押し寄せてくるだろう。
せっかくの日曜日も台無しだ。
「だから何だよ?ガジェットのブログだろここ?」という声が聞こえてきそうだ。
そう、本題はここからなのだ!
1997年位だっただろうか、もう十数年も前のことだが、当時高校生だった僕の心をいたくくすぐったガジェットがあった。
「見えるラジオ」である。
結局、市場で大きな地位を得ることは無かったが、僕にとっては震えが来るくらい画期的なものだった。
最大の特徴は、ラジオなのに画面を搭載していること。ここにFM放送の電波に載せた各種情報を表示することができる。
ニュース、天気予報は言うに及ばず、今流れている曲のタイトルまで出てくる。
当時の携帯端末はやっとPHSが普及しだした時代。もちろんパケット定額など夢物語の時代である。
その時代に無料の情報が提供されてくる。(それもこちらで見たいコンテンツを操作できる方式!)
けっこう革命的なガジェットだったと思う。
しかも、今では携帯などで当たり前になった、時計を電波で同期させる機能まで、すでにこの見えるラジオでは実装されていたのだ。
電波時計も無かった当時、さりげなく簡易電波時計の機能も備えていた見えるラジオ。
実は未だに手元に残してある。
液晶はひび割れ、表面の塗装もボロボロになったが、未だに大切にしてるカシオのMR-3という機種である。
見えるラジオの放送を続けているのは既に一部の局だけになってしまったが、まだ現役だ。
案外知られていないのだが、だいたいのカーナビは見えるラジオの閲覧ができる。(FM-VICSあたりの階層にあるはず)
しかし、残念なことに見えるラジオを最も活用していたTokyoFM系列でも、2014年3月に見えるラジオのサービスを終了してしまう。
今後は代替として、さらに高度な画像やコンテンツをFMで配信するV-LOWマルチメディアサービスなるものを計画しているようだ。
要は今の見えるラジオはまったくお金にならないから、広告を表示させたりしてなんとかマネタイズを図りたいのだろう。
(個人的にはnottv並みに爆死すると思っている)
殆ど普及することなく終焉をむかえつつある見えるラジオ。
カーナビをお持ちの方は、ぜひサービス終了前に一度触ってみてはいかがだろうか。